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リバーサイドで寄り道 それは河畔の街からはじまった...活版印刷術と水にまつわる物語

西洋式活版印刷術の父とされるヨハネス・グーテンベルク(1398頃―1468)。
彼が活躍した「マインツ」は、ライン川とマイン川の合流地点に位置する
「水運の街」としても知られています。

印刷技術の革新によって、プリンタ出力と印刷の違いが
わかりにくくなってきた現代ですが、
本来の印刷というものを理解するためのキーワードとして
以下の「印刷の五大要素」を挙げることができます。

1.情報(原稿)
2.型(印刷版)
3.印刷インキ
4.印刷媒体、被印刷物(印刷用紙など)
5.圧力(印刷機、プレス)

つまり、伝播させたい「情報」を、内容を違えることなく同じように、
早く、安く、大量に、広く、流布するために、
「情報(原稿)」を「型(印刷版)」にし、それに「印刷インキ」をつけて
「印刷用紙」に「圧着」することによって、
紙面媒体に定着させた「情報の複製」を
効率的に生産する技術が本来の「印刷術」でした。

そして、重量のかさばる、金属活字と大型の活版印刷機をもちいた
近代的な活版印刷術が誕生し発展する背景には、
その材料や機材を運送し、
それらを用いて多量に生産された印刷物を運搬するための
水路の利用が不可欠でした。

印刷媒体となる紙を漉くためにも、大量の水を必要とします。
着古したボロ布や魚網などを砕いたものを原料とした当時の紙はゴツゴツとしていました。
そのような紙に手引きの活版印刷機で印刷する際に、より良い印刷結果を得るためには、
印刷用紙を水につけてやわらかくしてから、印刷を施す方法が用いられていました。

このような水と活版印刷術の切っても切れない関係から、
グーテンベルクの工房はもとより、活版印刷の歴史に名を連ねる
活版印刷所や活字鋳造所の多くは、河畔に存在しました。

イタリア アルダス工房跡
ヴェネツィア、運河沿い、サンセコンド2311

イタリア アルダス工房跡
ヴェネツィア、運河沿い、サンセコンド2311

フランス
ドベルニ&ペイニョ活字鋳造所跡
パリ、セーヌ河畔、ビスコンティ通り17

フランス
ドベルニ&ペイニョ活字鋳造所跡
パリ、セーヌ河畔、ビスコンティ通り17

イギリス アーツ&クラフツ運動跡地
ロンドン、テムズ河畔、アッパーマル12-26

イギリス アーツ&クラフツ運動跡地
ロンドン、テムズ河畔、アッパーマル12-26

オンディーヌ活字

15世紀の後半に活躍し、ギリシャ語やラテン語の優れた書物を次つぎと出版した
アルダス・マヌティウス(1450頃―1515)の活版印刷工房も、
水の都ヴェネツィアの運河沿い(工房の真裏が運河に面す)にありました。

また、印刷狂・活字狂でもあった文豪オノレ・ド・バルザック(1799-1850)が
ド・ベルニ家の支援を受けて19世紀の前半に設立し、のちにペイニョ家が経営にあたった、
パリの名門活字鋳造所「ドベルニ&ペイニョ活字鋳造所」も、
セーヌ河畔の大学街、カルチェラタン地区にありました。

余談ですが、この活字鋳造所には、もうひとつ、水にまつわるお話があります。
1953―4年にかけてドベルニ&ペイニョ活字鋳造所は、
タイプ・デザイナーのアドリアン・フルティガー(1928―)設計による活字書体
「ONDINE(日本語読みはオンディーヌ、もしくはウンディーネ)」を開発・発売しています。
「ONDINE」とは西洋では「水をつかさどる精霊」の名前として知られています。

そして、19世紀末から20世紀初頭にかけて、産業革命の負の側面を鑑みて、
クラフトマンシップの復興や労働の歓びを賛歌するムーブメントを形成した
「アーツ&クラフツ運動」。
その活動のひとつとして知られる「プライヴェート・プレス運動」の個人印刷所や製本工房も
ロンドンのテムズ河畔のせまい路地に密集していました。

ウィリアム・モリス(1834―1896)のプライヴェート・プレスとして著名な
「ケルムスコット・プレス」、
コブデン・サンダースン(1840―1922)とエマリー・ウォーカー(1842―1933)による
「ダブス・プレス」もこのテムズ河畔にありました。

製本家であったコブデン・サンダースンと、活字彫刻師であり印刷家であった
エマリー・ウォーカーがのちにケンカ別れをして、
「ダブス・プレス」を閉鎖するに到った際には、
エマリー・ウォーカーが「ダブス・プレス」のために製作したオリジナル活字のすべてを
コブデン・サンダースンがテムズ川に投げ捨ててしまったという逸話も残っています。

なお、日本で最初の本格的かつ量産型の鋳造活字および、印刷関連機器の
製造販売所として、明治六(1872)年に東京の築地に設立された
「長崎新塾出張活版製造所(のちの東京築地活版製造所)」も
旧築地川(現在は暗渠)の河畔にありました。
東京築地活版製造所の跡地には、現在も「活字発祥の碑」が残されています。

photo_Yoshihisa Shirai
text_ROBUNDO Jiro Katashio & Kaori Oishi