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中国料理店で寄り道 グルメな書家 蘇軾 美味しい、美味しい、トンポウロウ 書にまつわる美味しいおはなし

中国料理の豚の角煮、トンポウロウ。
甘辛い煮汁でじっくりと煮込んだ豚のかたまり肉は、
口のなかでとろけるようなやわらかさ......
おもわずホッペが落ちそうなほどの美味しさです。

そんな垂涎のひとしな、トンポウロウですが、
漢字では「東坡肉」と書きます。

「東坡(とうば)」とは、北宋時代の中国の政治家であり、詩人、
書家としても知られる「蘇軾(そしょく 1037―1101)」のことです。
蘇軾は、東坡居士とも号したため、「蘇東坡(そとうば)」ともよばれます。

書の世界では、宋の時代を代表する書の大家として、
蔡襄(さいじょう)、黄庭堅(こうていけん)、米芾(べいふつ)とあわせて、
蘇軾は、宋の四大家のひとりとされている人物です。

もちろん、東坡肉は、蘇軾の肉を食するというわけではありません。
トンポウロウは蘇軾が考案したとされる料理なのです。
蘇軾は、当時あまり好んでは食されていなかった豚肉の
調理方法を詠んだつぎのような漢詩をのこしています。

黄州好猪肉
價賤等糞土
富者不肯喫
貧者不解煮
慢著火少著水
火候足時他自美
毎日起来打一碗
飽得自家君莫管
── 蘇 軾 『食 猪 肉』

進士(科挙試験の際難関)に及第しながらも、不運が続き、
浮き沈みのはげしい人生を送った蘇軾ですが、
詩、散文、書、水墨画など文芸にも秀で、美食家でもありました。
みずからも厨房に入り料理をして、客をもてなしたと伝えられます。

蘇軾が活躍した場所のひとつ、現在の杭州にある西湖は、
四季や時間の経過につれてそれぞれ趣ある景色が愉しめ、
おおくの文人たちに愛されてきた湖です。

柳の新芽にうぐいすの声が冴えわたる春、牡丹咲き乱れる初夏、
蓮の花が湖面を埋め尽くす夏、湖面に浮かぶ月を愛でる秋、
雪化粧をまとった冬、朝な夕なにさまざまな情景がみられます。
この水の都をみて、あのマルコポーロ(1254―1324)も
「世界で最も美しいまち」と絶賛したほどです。

西湖には、当時知事をつとめていた蘇軾が造営した堤防があります。
ひとびとに愛され「蘇堤」とよばれるその堤防は、西湖十景のひとつ
「蘇堤春暁」にも数えられる、人気のスポットです。
蘇堤のほとりには、蘇軾の功績を展示する「蘇東坡記念館」もあります。

トンポウロウ(東坡肉)。

トンポウロウ(東坡肉)。

杭州の西湖、蘇堤の南端にある蘇東坡記念館前の蘇軾像。

杭州の西湖、蘇堤の南端にある蘇東坡記念館前の蘇軾像。

台湾の故宮博物院の宝物「肉形石」を模した土産物。

台湾の故宮博物院の宝物「肉形石」を模した土産物。

美食街にある蘇軾の彫刻

おなじく杭州にある、南宋御街(なんそうぎょがい)の美食街には、
蘇軾とトンポウロウ(東坡肉)にまつわる
たいへんユニークな彫刻が置かれています。

この彫刻は、蘇軾が厨房で直接トンポウロウ(東坡肉)のつくり方を指示
している様子をあらわしたもので、厨房のかたわらでは調理中の豚もみえます。
全体は灰色の石に彫刻が施されていますが、鍋の中の豚肉だけ、
トンポウロウ(東坡肉)を模した茶色い石が使われている凝りようです。
厨房の裏では豚の親子が安穏と飼育されているというおまけもついています。

蘇軾の書のなかでも、抒情ゆたかな行書で知られる
『黄州寒食詩帖』は、現在、台湾の故宮博物院に保管・展示されています。
また同院には、清の時代につくられた「肉形石」とよばれる
トンポウロウ(東坡肉)にそっくりな玉石の宝物も展示され、人気を博しています。

なお、余談ですが、書聖として知られる王羲之(おう ぎし 303―361)は、
豚ならず、ガチョウを好んだと伝えられます。これは食するためではなく、
その風情ある姿や鳴き声を愛でることを好んでのことでした。
しかし、羲之が所望したガチョウの持ち主であった老婆が、気を利かせて
ガチョウを調理して羲之の到着を待っていたため、羲之はたいへん落胆した
という逸話ものこっています。

さて、書家と料理にまつわるおはなし、
そろそろお腹が減ってきましたので、今回はこのへんで……。
中国料理店に繰り出して、トンポウロウと紹興酒で舌鼓はいかがですか?

photo_ Kaori Oishi
text_ROBUNDO Jiro Katashio & Kaori Oishi