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コケの森に迷い込め ドラマティックなミクロの世界 『コケはともだち』著者 藤井久子 前半

銀閣寺、法然院、西芳寺、屋久島、八ヶ岳山麓、箱根美術館の神仙郷――これらの場所は、ある共通する美しい植物が見られることで有名だ。そう、その植物はズバリ「コケ」。地面を覆う緑色の絨毯のようなアレだ。心の原風景のような苔寺から、スタジオジブリ作品の『もののけ姫』の世界のような苔むした森林まで、コケのある風景は日本中どこでもたくさんの人に愛されている。

もちろん、コケのある風景は、特別な場所に行かなければ見られないものではない。家の近所のブロック塀の隙間、アスファルトの片隅、木の幹、葉っぱの上まで、一度目を「コケ目線」にしてみれば、至る所にコケはいる。

今回のスペシャルインタビューでは、晩秋からハイシーズンを迎えるコケに着目。『コケはともだち』の著者であり、コケ散策を兼ねた散歩や旅行・山登りが大好きな藤井久子さんに、その魅力について語ってもらった。

「そもそも私がコケの魅力にハマったのは、社会人になりたての頃に屋久島の森を訪れたことがきっかけでした。Ynac(ワイナック)(http://www.ynac.com/)のツアーガイド・小原さんと一緒に白谷雲水峡を歩いた時、コケを初めてルーペで見せてもらったんです。屋久島の森は地表を埋め尽くすように生育するコケが美しいことで有名ですが、ルーペで見たミクロの世界には、また違った感動がありました。自分が小さくなってコケの森に迷い込んだような不思議な世界が、そこには広がっていたんです。その後、八ヶ岳でも素晴らしいコケに出会って、以来、すっかりコケの人になってしまいました。今では月に一度くらいは、コケの観察を目的にしたトリップに出かけています。近所に生えているコケを定点観察しながらのお散歩は、ほぼ日課ですね」(藤井さん)

「コケは生き方に妥協しないんだよ」

コケはキノコやカビなどの菌類と間違えられることが多いが、光合成ができるれっきとした植物だ。日本には約1700種類、世界には約1万8000種類が生育している。根はなく、胞子で増え、湿気を好む。必殺技は“休眠”。水分がなくなるような危機が訪れると、自ら呼吸や光合成などの生命活動をストップして入眠し、再び湿度などの条件が整うと復活する。藤井さんによれば、「採取してから2~3年採集袋に入れていたコケに水をやったらまた緑に復活したという話もある」とか。その並々ならぬ生命力には脱帽するばかりだ。

ちなみに、そんな力強く生きる彼らの天敵は“虫”。彼らに食べられないように、自らを不味くして防御しているというから驚きだ。なんと藤井さん自身もコケへの好奇心と愛情から口に入れてみたことのある強者。その感想は著書に詳しいので、読みながらしばしその味を想像してみよう。

「オオミズゴケは最初にコショウに似たスパイシーな味があり(と書くとおいしそうだが)、そのあとにはピリッとした辛み、そして強い苦みがあった。ホソバオキナゴケは草のような青臭い味のあとに苦味があり、さらに歯ざわりが砂をかんでいるように大変悪い。ジャゴケについては、鼻を近づけただけでサンショウのような強い香りがする(これは意外にも好感の持てる香りだった)。えいやっとかんでみると、香りほど味は濃くなかったが、スッと鼻に抜ける爽やかな風味。どちらかといえば、口にねばつきが残ることのほうが気になった。いずれにせよ、これが虫の小さなからだに入るのはやはりキツかろう」(藤井久子著『コケはともだち』p25、リトルモア)

そんなコケ好きの藤井さんは、“コケは生き方に妥協しないんだよ”――屋久島で出会ったコケ好きの小原さんが言ったこの一言が、今でも忘れられないと語る。

「コケを知れば知るほど、本当にその通りだなと思います。私がコケにこんなにも魅了されたのは、その造形自体の美しさに心奪われたことはもちろんながら、小さい体でおのれの“適材適所”を見つけて輝いているから。ついつい話しかけたくなってしまうような人間顔負けの個性が、どんなコケたちにもあるんです。

一見、場所を選ばずに生きているように見える彼らですが、実はきっちり住み分けをしています。山に生えているコケは、町におりてくることは決してしません。同じく、コンクリートの片隅にいたコケを、かわいそうに思って山に植えなおしても、必ず枯れて死んでしまいます。どんなに過酷に見える場所でも、彼らは道端に放っておかれているかわいそうな存在などではなくて、そこがいいからそこにいる。日照時間、湿度、気温など、いろいろな条件が自分にぴったり合う場所でしか生きられない、実はとても繊細な植物でもあるんです。

たとえば、近所にあるイチョウの幹に生えていたコケ。お散歩のたびに観察していたのですが、ある日、“隣の”木が切られてしまいました。それだけで、イチョウにいたコケは死んでしまった。今まで隣の木のおかげでちょうどよかった日陰が奪われ、湿度や空気の流れなどの諸条件も変わってしまったのでしょう。コケが枯れてしまうと、彼らを苗床にしていた種子も芽を出せず、害のない虫たちも生命を絶たれてしまいます。人間にとっては取るに足らない変化ですが、コケにとっては一大事。同じ地球というご近所に住んでいるのに、私たちとは全く違う次元のあちこちで、すごいドラマが起こっている。それが楽しくてたまらないんですよね。

イチョウのコケは悲しい最期でしたが、コケが居場所を選ぶとわかると、ベランダに出しっぱなしにしていた土だけの鉢に知らぬ間にやってきたコケにも、愛情がわいてきませんか? その場所がよくて居着いてくれたのですから。でも、手厚くケアしてかわいがろうと部屋へ入れた途端、やはり枯れるでしょう。放っておくぐらいでちょうどいい、“ネコ”のような気まぐれさもコケの魅力のひとつです」(藤井さん)

コケについて嬉しそうに語ってくれる藤井さん。いつしか取材班もすっかりコケの魅力のとりこに

コケについて嬉しそうに語ってくれる藤井さん。いつしか取材班もすっかりコケの魅力のとりこに

ノートに出会ったコケの情報や実際に採取したコケを貼って、オリジナル図鑑のできあがり

ノートに出会ったコケの情報や実際に採取したコケを貼って、オリジナル図鑑のできあがり

藤井さんのコケ玉。街中や森に自生するコケとの出会いを大切にしているので、あまり数は持っていないそう

藤井さんのコケ玉。街中や森に自生するコケとの出会いを大切にしているので、あまり数は持っていないそう

プロフィール

藤井久子

1978年、兵庫県出身。屋久島を訪れたことをきっかけにコケに魅了され、今では日本蘚苔類学会にも参加。著書の『コケはともだち』(2011年、リトルモア刊)は、コケ初心者のバイブルとなっている。編集ライターとしても活躍中。
かわいいコケ ブログ:http://blog.goo.ne.jp/bird0707
リトルモアブックス:http://www.littlemore.co.jp/store/products/detail.php?product_id=807

撮影協力

flower&cafe風花http://www.kaza-hana.jp/cafe/

住所:東京都港区南青山3-9-1 アブリム1F

TEL:03-6659-4093

営業時間:Cafe 10:00~18:00、Lunch 11:00~16:00、Bar 19:00~(閉店時刻は要問い合わせ)

photo_nobuyuki sasaki
text_ miwako matsuzaki
edit_yu koyanagi