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祭りの音が生まれる 太鼓の皮を張る職人の仕事 宮本卯之助商店 太鼓職人 坂本敏夫

東京・浅草駅から北へ徒歩10分、下町情緒あふれる言問橋のほど近くに、宮本卯之助商店の本社はある。宮本卯之助商店は、江戸時代から続く太鼓屋。今なお、職人たちによる丁寧な手作業で、日本各地の太鼓や神輿をつくり続けている。木をくりぬいて胴をつくり、そこに動物の皮を張ってできる太鼓は、自然の素材とまっすぐ向き合いながらでないと良いものはつくれない。何十年もその地域の祭りの音を奏でることになる太鼓を世に送り出すため、さまざまな業や技術を積み重ねている宮本卯之助商店の太鼓職人 ・坂本敏夫(75)さんに話を聞いた。

太鼓や神輿の工房は、本社の裏手にある。東京メトロ銀座線田原町駅近くにも西浅草店があり、こちらでは世界の太鼓を実際にたたくことができる博物館、太皷館も併設されている。のぞいてみるだけでも楽しい場所だ。

宮本卯之助商店本社の工房は、皮を張る部屋、皮を縫う部屋、胴をくりぬく部屋、神輿の木工、金細工、漆などと作業毎に部屋が分かれていて、職人たちは各部屋に所属している。各部屋の責任者は「親方」と呼ばれ、今回紹介する坂本敏夫さんも、太鼓の音を決める皮張りの親方だ。

工房を訪ねてみると、ちょうど太鼓の口径が三尺二寸(約96cm)もの大太鼓の皮の張り替えをしているところだった。太鼓の皮は長く使っているとどうしても、音に張りがなくなってくるため、太鼓の胴はそのままに、皮を張り替える作業が必要になってくる。これだけの大きさになると、職人3人がかりでも半日かかるそうだ。

この太鼓の皮の張り替え一つとってみても、実は各地域や芸能団体によって考え方は千差万別。太鼓の皮の張りを強くした高い音にこだわるところは、頻繁に張り替えるが、低い音でもいいところは何十年も張り替えないこともあるそう。張り替えの周期だけではなく、そもそも張る皮の厚さや場所もさまざま。坂本さんが秩父屋台囃子の太鼓と相撲の呼び込みで使う太鼓の皮を出して教えてくれた。

「これが屋台囃子の皮で、こっちが相撲太鼓の皮。触ってみるとわかるけど、厚さが違うでしょ。屋台囃子の皮はしっかりしていて、これを張って、三里も四里も先でも聴こえるようにする。今の時代、実際には聴こえないかもしれないけど、そのつもりでやるの。自分が張った太鼓の音が山車から聴こえてくると感動するね」(坂本さん)

太鼓の音色を決める大仕事

埼玉県秩父市で毎年12月初めに行なわれる秩父夜祭には、各町会から山車が出る。その山車の内部で演奏されるのが、秩父屋台囃子だ。これは全国的にも有名な太鼓で、非常に激しい打ち込みの中に刻まれる細かな旋律が特徴。祭りという晴れの舞台で、演奏している姿は見えなくても、その音色で強烈な自己主張をしてくる秩父の太鼓打ちたちの“音へのこだわり"は半端なものではない。坂本さんによれば、通常は1日に、4、5個張れる皮も、秩父屋台囃子の太鼓を張る時は、皮が破けなにようにじっくり時間をかけて限界まで張っていくために、1日がかりになるという。

一方、相撲のはじまりを知らせる触れ太鼓、寄せ太鼓などで叩かれるのが「相撲太鼓」だ。張られる皮は、屋台囃子とくらべると薄く柔らかい。張りを強くしてよく通る高い音に仕上げていくが、細いばちで皮に平行に打って面で音を出して細かく旋律を刻むため、屋台囃子ほど厚くなくて大丈夫だという。

太鼓張りの作業は、着々と進んでいく。まずは三尺二寸の大太鼓に皮をかぶせて、太鼓の縁にロープをかけ、固定しグイグイと引っ張る。さすがに職人たちの動きは手早く、無駄がない。360°全ての縁がロープで固定されると、今度は太鼓の面を大きな棍棒のようなものでたたいて皮をのばす。縁に当て木をしたら、そこに太鼓の上に乗った職人が木槌を振り下ろし、思いきりのばしていく。これが終わると太鼓を実際に叩いてみて、音を確認。さらに皮をのばして調整する作業を繰り返すのだ。

驚いたのは、太鼓の試し打ちのあとに、職人がすり足で太鼓の上を歩いていたこと。何をしているのか聞いてみると、皮ののび具合のバランスを確認していたという。使用する牛の皮は、どの部分の皮を使うかによって、どの方向に皮がのびやすいかが変わってくる。足で踏んでみて体重でへこんでしまうようなところがあれば、まだ緩いと判断し、さらにグッと張って調整するようだ。まさに素材と呼吸を合わせるかのような息づかいがそこにはある。

何度か太鼓の試し打ちをした坂本さんは、どうやらまだピンときていない様子。坂本さんの指示でもう何ヶ所かグッと張りなおすと、もう一度試し打ち。すると、パッと坂本さんの顔がほころんで、「よしっ」と声をかけ、次の鋲打ちの作業に入った。この太鼓の音が決まった、その瞬間だ。

この太鼓が以前どんな音で鳴っていたか、それを見極めるのは職人としての経験と勘。以前の皮の張り方、太鼓の形状や打ち方に用途、そして中学卒業以来太鼓職人の道を歩んできた坂本さんの膨大な経験値から、その太鼓の音が決まる。数百年にわたって守られてきた祭りは、さらに親から子へ世代を変えて受け継がれていく。太鼓の音もまた、職人たちの技術によって、受け継がれていくのである。

三尺二寸の大太鼓に坂本さんが新しい皮をかけるところ。三人掛かりで張っていく

三尺二寸の大太鼓に坂本さんが新しい皮をかけるところ。三人掛かりで張っていく

太鼓の上にのぼって木槌で縁をかーんとたたくと、皮が目に見えてのびる

太鼓の上にのぼって木槌で縁をかーんとたたくと、皮が目に見えてのびる

皮を張って音が決まると鋲を打って固定する。三尺二寸の鋲留太鼓のできあがり

皮を張って音が決まると鋲を打って固定する。三尺二寸の鋲留太鼓のできあがり

photo_Kazuhiro Nishijima
text_ Kazuhiro Nishijima
edit_ MATSURIsta!