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ちょっと贅沢お作法

神楽絵で描く里神楽の世界~大宮住吉神楽編  神楽絵『醜女八人の座』

神に捧げる舞いを意味する「神楽」。そんな神楽の魅力を絵で表現する著者が、埼玉県指定無形民俗文化財の「大宮住吉神楽」についてご紹介します。

私が大宮住吉神社を訪問したのは、まだ肌寒い四月。最寄りの駅から十分ほどバスに揺られ、『神社前』のバス停から十分位歩いて迷子になりかけた所で、ようやく鳥居を発見しました。

 木々に囲まれた境内では桜が満開。社殿はのどかな農村風景に似合わぬほどに立派でした。運悪く強風と雨に見舞われた悪天候でしたが、地元の方の「恵みの雨」という表現に、田舎のまつりの素朴な魅力を感じました。

 大宮住吉神楽は、坂戸市塚越に鎮座する大宮住吉神社の氏子によって継承されてきたもの。東京近辺で見られる「江戸の里神楽」の古い形を残しており、周辺地域の神楽にも影響を与えたと云われています。

 同じ江戸里神楽でも、東京の神楽には無い、大らかでゆったりとした雰囲気があります。農村で生まれ育った人達が演じる神楽ですから、畑を耕す仕草などは妙にリアルで面白く感じられます。

 大宮住吉神楽が奉演されるのは、二月三日、四月三日、十一月二十三日の祭礼の日。四月三日の例大祭が最も盛大です。また、隣村の勝呂神社、川越の白山神社でも奉演されているそうです。

 民俗芸能は、現地で五感を使って観るのが一番だと私は思っています。
 
 実際に神社に行って観るのが、「漁師の町に出向いて船に乗せて貰い、釣れたばかりの幸をその場で頂く」というイメージだとしたら、舞台で観るのは、「温泉旅館で近くの漁港から仕入れた魚介のお料理を頂く」という感じでしょうか。

DVDや動画は「冷凍お取り寄せ」のように、味わいに差があると感じるのは私だけでしょうか。食べ物だって、採れたて・出来たてほど美味しいものですから。(栗田知佳)

 ――解題『醜女八人の座』(西嶋 一泰)
 神楽の多くは日本神話からその題材をとっています。大宮住吉神楽も神職が神話を研究し神楽を組織したという言い伝えがあるそうです。『醜女八人の座』は、日本神話で妻のイザナミを探して、夫のイザナギが黄泉の国へと訪ねてくる場面を題材にしています。
 ですが、大宮住吉神楽の『醜女八人の座』の場合は、イザナギも女性役になっており、イザナミと美しさを競います。イザナミは一見綺麗ですが、鏡に映った姿はとても醜いものでした。物語はこのあと鏡をめぐって展開していきますが、この神話と神楽の筋立ての違いは何を意味するのでしょうか。

 神楽は時代とともに変遷します。例えば明治時代に神仏分離令が出され、各地の神楽で仏教的な要素が、神道的なものに書き換えられます。例えば、先払いにでてきた「天狗」を、道案内をする「猿田彦神」とした話はよく聞きます。
 この大宮住吉神楽の『醜女八人の座』の場合はどうかというと、『醜女八人』という表現は、古事記ではなく日本書紀にでてくる表現ですので、あるいは日本書紀に造形が深かった知識人が神楽を解釈して名付けたのかもしれません。

 このように現在の神楽を見ただけも、その伝承されてきた歴史が地層のように浮かび上がって、あれこれ想像してみるということも神楽の楽しみかたです。
 しかし、一方でそのような時代的な変化や再解釈があったとしても、自らの醜さを自覚していない女として描かれるイザナミの姿に、なぜか心揺さぶられてしまうのは今も昔も変わらないことでしょう。

Illust Chika Kurita
Text Chika Kurita、Kazuhiro Nishijima
Edit MATSURIsta