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ちょっと贅沢お作法

ゆっくり急げ!! イルカと錨。亀と龍。 相反する事物の意味は?

「文(もん)」同様に、図像には、
込められた意味や、たくさんの謎かけが潜んでいます。
書体や印刷史の研究では、文字だけではなく、
こうした図像や隠喩や暗喩の知識も必要となります。

15世紀の後半に、イタリアのヴェネツィアで、
ギリシャ語やラテン語の優れた書物を次つぎと出版した
アルダス・マヌティウス(1450頃―1515)は、
その活版印刷工房のプリンターズ・マークとして、
「イルカ」と「錨(イカリ)」のマークを使用していました。

これは、「Festina lente」というラテン語の格言を具現化したもので、
熟考と沈着、正確さをあらわす「錨」と、
快速を象徴する「イルカ」とを組み合わせることにより、
「ゆっくり急げ」という意味をあらわしています。

「Festina lente ゆっくり急げ」という格言そのものは、
ローマ帝国の初代皇帝アウグストゥス(前63―14)も
座右の銘にしていたとされるほど古いものですが、
速さと正確さを必要とする印刷の仕事にふさわしい
格言だともいえます。

ところで、このアルダス工房のプリンターズ・マークに使用されている
「イルカ」の絵柄を見て、「イルカに見えない……」と思うかたも
すくなくないかもしれません。日本人にとってのイルカの絵姿は、
もっと愛らしいものであることがおおいからでしょう。

西洋でのイルカの姿は、このように、
お世辞にも可愛いとは言い難いものも多く、
ときには蛇と見紛うような、おどろおどろしい姿で
表現されているものもおおく見かけます。

「コロンビアン・プレス」など、西洋の古い鉄製の手引き
印刷機の中にも、一見蛇のような姿や表情をした
イルカの装飾がついているものがあります。

印刷物ではありませんが、石に彫られた文字も
文字を研究するうえでの欠かせないテーマのひとつです。
そのため、石碑の宝庫である墓地に、
「掃苔会 そうたいかい」と称しておとずれる文字愛好家も
少なくありません。

「掃苔」とは、墓石の苔(こけ)を掃(は)くことで、
お墓参りを意味します。
世の中にはときどき変わったひともいるもので、
著名人の墓を巡るのを趣味とする
自称「マイラー(墓参ラー)」の方も結構いらっしゃいます。

さて、中国や日本の石碑を見ていると、
石碑が亀の台座の上に乗っているものにたびたび遭遇します。
さらに上方の碑首には、碑額や題額と呼ばれる部分に、
おおくは篆書という書体で文字が彫刻され、
その篆額を囲むように龍が配されています。

石碑の台座となる碑座や碑趺(ひふ)の部分の石亀は、
亀趺(きふ)と呼ばれます。
この亀は古くは四霊のひとつ霊亀とされていたようですが、
宋代頃には龍の九子のひとつで、亀の姿に似た
「贔屓(ひいき)」であるとされるようになりました。

「贔屓」の中国音は、力んだときの擬音「Bixi」に由来し、
転じて「ひき」→「ひいき」となったとされています。
「贔屓」という字には、財貨をおおく抱えて、
鼻息荒く重い荷物を背負う意があります。

この亀に似た伝説の生き物「贔屓」は、
重いものを背負うことを好むとされ、
石柱や石碑の台座の装飾に使われました。

いっぽう、碑首の龍ですが、
ここには「みずち(螭、蛟)」とよばれる龍の一種などが、
よく装飾に使われています。

photo_Kaori Oishi
text_ROBUNDO Jiro Katashio & Kaori Oishi