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ちょっと贅沢お作法

石のエクリチュール 堅牢な石に彫られた碑文 その軌跡をたどり、文字の歴史を知る

堅牢な石に彫られた文字は、
書かれた文字にくらべて保存性も高く、
いにしえの文字形象や、いにしえびとの文化や思想を
いまに伝える貴重な資料です。

筆書系文字(書かれた文字)と彫刻系文字(彫られた文字)では
文字の形象が異なります。
その文字形象は、木版や金属活字の書体を経て、
現在のデジタル書体の形態へと継承されています。

文字を見たときに、その書体がもともと
筆書系文字に由来する書体であるか、それとも
彫刻系文字に由来する書体であるのかを見極めることにより、
その書体をより一層理解するためのおおきなヒントとなります。

ローマン体の大文字のふるい例として、
その文字形象の美しさと完成度の高さから、
いにしえの書体設計者から現代のデザイナーに到るまで
インスピレーションの源として影響を与え続けているのが
「トラヤヌス帝」の碑文です。

これは、ローマ帝国の皇帝、トラヤヌス(53―117)の
戦勝記念柱の台座に刻まれている碑文で、
現在もローマの観光名所のひとつである遺跡
フォロ・ロマーノ(ローマの公共広場)に残されています。

イタリアルネサンス期のヴェネチアで
印刷工房を営んでいたニコラ・ジェンソン(1420―80)は、
人文主義者達に受け入れられる活字書体として、
その大文字には、トラヤヌス帝の碑文由来の
文字形象を採用しています。

いっぽう、中国には、
古い碑や刻石を集めて展示・保管する
「碑林(ひりん)」や「碑坊」と呼ばれる
石碑の集合陳列所が随所にあります。

その碑林のなかでも、文化的・資料的価値、量ともに
群を抜いて圧巻なのが、「中国最大の石造の書庫」とされる
「西安碑林博物館」です。

西安は、唐の時代の首都、長安のあった場所です。
唐の第2代皇帝、太宗・李世民(り せいみん 598―649)は、
みずからも能書家でありましたが、書をこよなく愛し、
とくに東晋の書家であり、書聖と呼ばれる
王羲之(おう ぎし 303―361)の書に心酔していました。

西安碑林博物館には、
太宗ゆかりの唐代の書家で、初唐の三大家とされる書の匠
欧陽詢(おうよう じゅん 557―641)、
虞世南(ぐ せいなん 558―638)
褚遂良(ちょ すいりょう 596―658)はもちろん、

王羲之と人気を二分する書家でもある、
顔真卿(がん しんけい 709―785)や、

楷書の四大家のひとりとされる
柳公権(りゅう こうけん 778―865)などの
おおくの書法芸術家による超国家級の石碑が
文字どおり林のように立ちならんでいます。

その碑林の入口の巨大な第1室に、うずくまるように
鎮座しているのが『開成石経(かいせいせっけい)』です。
『開成石経』はもともと、晩唐の開成二年(837)に
中央官吏養成の目的をもって、長安の最高学府である
「国子監(こくしかん)」のために建立されました。

西安碑林博物館は、孔子廟跡であった西安碑林に、
この『開成石経』を移築・保管するために設立された
という説もあります。

『開成石経』は、高さ約2mの石碑が114基、両面228面に
合計65万252字にもおよぶ文字が刻まれた石碑群で、
学生や文士がこの碑を見て学ぶための「石の教科書」の
役割を果たしました。

また、石碑からは、数おおくの拓本が取られ、
「石の書物」や「石の教科書」でもあった石碑は、
拓本すなわち「印刷」の「原版」となる役割も果たしました。

photo_Masahiko Kimura
text_ROBUNDO Jiro Katashio & Kaori Oishi