平日のちょっと贅沢なライフスタイルマガジン Daily Premium Calendar

ちょっと贅沢お作法

印刷用の書体 明朝体と宋朝体《後編》 活字書体の「明朝体」って、 明の時代の文字ではないの?

印刷用の書体として、日本人に馴染みの深い「明朝体」。
この書体、中国では「宋体」とよばれています。

さて、前回おはなししたような経緯から、
中国での明朝体に対する評価は、日本とは違い
中国で正式な文書の印刷をおこなう際、そのおおくは、
「倣宋体(ほうそうたい)、方宋体」が用いられます。

しかし、印刷のための書体である「明朝体」も、
「倣宋体、方宋体、(日本でのいわゆる宋朝体)」も、
中国の書では、楷書の延長線上にあるに過ぎません。

中国の書には、「五體、五体」とよばれる
「篆書(てんしょ)」「隷書(れいしょ)」「草書」「行書」「楷書」の
五種類があり、ある程度の教育を受けたエリートであるならば、
この五体を書き分けられることが常識とされています。

そのような中国の人の目から見ると、日本人のおおくが、
整った文字形象である楷書のみにこだわり、
筆を持っても楷書ばかり書こうとする様子は、
不可思議で理解しがたいもののようです。

「明朝体」が中国で「宋体」とよばれ、
「宋朝体」が中国で「倣宋体、方宋体」とよばれる由縁は、
近代的な活版印刷術による活字書体が登場する以前の
木版印刷の時代の文字に由来しています。

中国における木版印刷術の創始には諸説ありますが、
おそらく唐王朝の中期である7―8世紀には、
枚葉の木版印刷から、木版刊本といわれる、
素朴ながらも書物(図書)の状態にまで、
印刷複製技術は発展していたとみられています。

つづく五代といわれる混乱期にも、現在の開封(かいほう)に
都をおいた王朝を中心に技術が温存され、
宋の時代に到って、宋版図書といわれる
中国の古典書物としておおきく開花しました。

しかし、北方異民族による征服王朝である遼・金・元の時代に、
その文化は一旦下火となります。

そして、ふたたび、漢民族による王朝、明代にはいり、
奇しくも、西洋でのルネサンスとおなじころ、
中国においても、漢民族としての正統王朝としての漢代や、
その影響力をおおいに受けた唐代の文物を
積極的に学ぼうとする、文芸復興がおこりました。

イタリアでニコラ・ジェンソンが、ローマ時代の石碑の文字をもとに
ルネサンスの人文主義者のための印刷用書体をつくったように、
明でも、唐や宋の時代の文芸が見なおされて、
宋代の刊本の書体に「倣った(ならった)」印刷用の楷書体が採用され、
以後、「倣宋体、方宋体」とよばれるようになりました。

そして、宋の時代の木版印刷用の書体に端を発し、
日本に渡って、「明朝体」という活字書体として発達した
この書体は、中国へと逆輸入されて、そのルーツである
「宋体」とよばれて、今日に到るのです。

text_ROBUNDO Jiro Katashio & Kaori Oishi