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ちょっと贅沢お作法

分子生物学からみるメディア論 DNAと活版印刷術 実はこのふたつ、とても似ているのです

高校の生物の授業で習ったDNAの塩基配列。
メディア論や、分子生物学の視点から
活版印刷術を俯瞰してみると、
興味深い関連性が浮かび上がってきます。

わたしたち生き物のからだは細胞でできています。
その細胞は多種多様なタンパク質でできており、
また、細胞が活動するためにもタンパク質は不可欠です。

そのような、さまざまなタンパク質をつくるための
情報をつかさどるのが遺伝子であり、
遺伝子が「生命の設計図」とも呼ばれている
ゆえんでもあります。

あえて極論するならば、生き物のからだとは、
この遺伝子情報を媒介するための
単なる入れ物や乗り物にすぎないと考えることもでき、
この遺伝子情報の伝播こそが、生き物にかせられた
永遠の命題なのです。

遺伝子の情報は「DNA(デオキシリボ核酸)」に
記されています。
DNAは、2本の鎖が塩基の部分で結合した
二重螺旋の構造体として存在しています。

DNAの塩基は、
「A アデニン」「T チミン」「G グアニン」「C シトシン」の
4種類のみで、この4つの塩基の配列の組み合わせによって、
複雑な遺伝情報がすべて構成されています。

DNAの転写や複製の際には、
二重螺旋構造がほどけて、それぞれの塩基配列に
ペアとなる塩基が結合し、あたらしい鎖が
つくり出されるしくみとなっています。

このペアとなる塩基の組み合わせにはルールがあり、
「AとT」、「GとC」がそれぞれ結合する決まりとなっています。
(細胞分裂の際にDNAに対応するRNAでは、
「T」のかわりに「U ウラシル」が登場し、「A」と結合します)

さて、優れたテクノロジーのおおくは、
意識的であれ無意識であれ、
自然界のしくみや形状と、じつによく似ていることが
すくなからずあります。

そして、活版印刷術のしくみは、
このDNAの転写や複製のしくみとよく似ているといわれます。
26文字のアルファベットの活字を4文字に凝縮して考えると
わかりやすいかもしれません。

つまり、活版印刷術が、原稿の情報を複製・伝播させるために、
可動活字を組み合わせた組版という型をもちいて
原稿の情報を転写・複製するしくみが、
DNAが遺伝情報を複製・伝播させるために、
「A」「T」「G」「C」という塩基を組み合わせて配列した型をもちいて、
遺伝情報を転写・複製する機構を彷彿とさせるのです。

DNAは、生命の遺伝情報が記された
一冊の「書物」にもたとえられます。

人間の遺伝子について研究している分子生物学者は、
A・G・C・Tの4つの記号の組み合わせで書かれた
長い暗号文を解読し、
わたしたち人類の生命という神秘を
「ヒトゲノム」というタイトルの一冊の書物にまとめる研究を
日夜進めているともいえるのです。

このような分子生物学と活版印刷術の類似性から
インスピレーションを受けて、作品を制作している
あたらしい活版造形者のひとりが、桐島カヲルさんです。

桐島さんは、可動活字(movable type)による活字組版や、
塩基配列による遺伝情報の組み換えとおなじように、
ストーリーを組み換え、ものがたりをくりかえし構築できる
「断片小説」という作品を制作しています。

それは、アナログなメディアである活版印刷をもちいながらも、
デジタル時代の「ハイパーテキスト」と
同じ文脈に位置する構造となっています。

また、突発的かつ無責任な独り言さえも、公共の場に発信でき
辞書さえも、毎時更新が可能なこの電子通信メディアの時代に、
あえて、コトバを紙面に定着させる行為の意義や重みと
向き合うその姿勢からは、活版印刷の今日的な意義の答え
にもつながる、ひとつの可能性を示唆しています。

活版印刷のDNAを未来へとつなげる
あたらしい活版造形者の登場と活躍が、
これからも期待されます。

photo_Kaori Oishi
text_ROBUNDO Jiro Katashio & Kaori Oishi