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ちょっと贅沢お作法

活字よ 永遠に― ウーパールーパーとサラマンダー 活版印刷術とのふしぎな関係

愛嬌あふれる水棲ペットとして人気のウーパールーパー。
サンショウウオの一種で別名「メキシコサラマンダー」とよばれます。
このサンショウウオと活版印刷術とのあいだには、
じつは、ふかい関係があるのです。

「サラマンダー(サラマンドラ)」とは「火蜥蜴」のことで、
「サンショウウオ」をあらわす「salamandra」を語源とし、
西洋では四大元素(空気・火・土・水)をつかさどる四精霊のうち
「火」をつかさどる精霊とされています。

これは、サンショウウオのからだを保護するヌメヌメとした粘液が、
熱を防ぎ、炎のなかでもサンショウオは燃えることがないばかりか、
燃えさかる炎をも消すちからがある、と信じられていたからです。

古代ギリシャの哲学者アリストテレス(前384―前322)の著作や、
古代ローマの軍人政治家で博物学者でもあった
プリニウス(22or23―79)の『博物誌』、
イタリアルネサンスのレオナルド・ダ・ビンチ(1452―1519)の記述
などにも、サラマンダーのふしぎなちからが登場しています。

「火喰蜥蜴」とも呼ばれるサラマンダーは、
炎の中に棲み、炎を喰らって、炎を吐き出し、
みずからの体皮を焼き尽くして、新しく再生するとされ、
不屈の精神と再生の象徴、神聖な生き物として、崇められました。

フランス最初のルネサンス君主とされるフランソワI世(1494―1547)は、
「Nutrico et extinguo 我は(聖なる炎を)育み、我は(悪の炎を)滅ぼす)」
という格言とともに、みずらかの紋章としてサラマンダーをもちいていました。

ちなみに、「ルネサンス」とは、「再生」「復活」を意味するフランス語です。
レオナルド・ダ・ビンチと交流があったフランソワI世は、晩年のダ・ビンチを
フランスに招きます。そのときに携えた絵の一枚がモナリザでした。
ダ・ビンチは、フランソワI世のための城、シャンポール城の設計にも関与し、
城のみどころである二重螺旋階段も、ダ・ビンチによるという説もあります。

シャンポール城には、サラマンダーのモチーフが随所に配されています。
そして、フランソワI世ゆかりの、
フランスの旧王立印刷局(のちの旧国立印刷局)でも、
サラマンダーが紋章として使用されています。

この印刷局では、王立印刷局時代の1692年、ルイ14世の命によって、
父型彫刻師フィリップ・グランジャン(1667―1714)が活字をつくり、
「王のローマン体 Romain du Roi」と呼ばれるようになった
グランジャンの活字書体でも知られています。

しかし、サラマンダーが印刷局の紋章として採用されたのは、
単にフランソワI世の紋章に由来するだけではありません。
そもそも、活版印刷術そのものが、
火の精霊と切っても切れない関係にあるのです。

西洋式活版印刷術が大成されるためには、
活字合金の配合と、活字鋳造技術の確立が不可欠ですが、
それは、永いあいだ培われてきた錬金術の賜物でした。

錬金術師たちは、安価な金属を火によって精錬し、
不純物を焼き尽くして浄化して、
純粋で高価な貴金属を手に入れるために、
火をつかさどる精霊サラマンダーを
錬金術そのものの象徴として崇めました。

日本の活字鋳造所でも、近年までは、
鍛冶屋の神や、火伏せの神である
金屋子(かなやこ)神や、秋葉神などを祀り
鞴(ふいご)祭や蹈鞴(たたら)祭を催していました。

そのような火の精霊や火の神の加護を受けて、
鋳造される金属活字ですが、印刷に使用されて磨耗した活字は、
一旦、地獄箱(Hell Box)ともよばれる箱に貯められたのち、
ふたたびお釜のなかで溶解され、あたらしい活字として再生されます。

使用され、磨耗して、ふたたび再生され、また使用される。

火の精霊、サラマンダーの滅びと再生のちからと、
活字合金のリサイクル・システムとおなじように、
風前の灯だった活版印刷が、
いま、あたらしい世代の活版造形者によって、
あたらしい価値観のもとに、よみがえりつつあります。

活版印刷はもはや、アンティークではありません。
これからも、活字よ、活版印刷よ、
サラマンダーのごとく
永遠に――

photo_Kaori Oishi
text_ROBUNDO Jiro Katashio & Kaori Oishi