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ちょっと贅沢お作法

日本の傘の歴史

日本古来の傘と言えば、和紙で作られていた和傘。では、現在、日常的に使っている洋傘は一体いつ頃、日本にやってきたのでしょうか。洋傘が日本に入ってきた成り行きと普及の経緯、国産洋傘がいつ頃に生まれたのか、洋傘の歴史を学んでみましょう。

■日本最古の洋傘は?
洋傘が国内に入ってきたのは江戸時代が最初と言われています。江戸後期の1804年に長崎に入港した船の船載品目の中に「黄どんす傘一本」という記述があり、これが洋傘としての最古の記録だと言われています。どんすとは緞子という字を書き、室町時代に中国から伝えられたといわれる絹の織物。繻子地に同じ繻子で文様を織りだした素材のことです。

■黒船来航で多くの人に知られる
そして、1853年のペリー浦賀来航で、洋傘が多くの人の目に触れることに。日米和親条約締結のために翌1854年に浦賀に再来したペリー。上陸した上官の3~4人が傘をさしていました。この時、周囲に多くの見物人が集まっていたため、洋傘は多くの人の目に触れることになりました。

■蝙蝠傘の名前の由来
洋傘の本格的な輸入が始まったのは1859年。イギリスの商人の手によって国内に持ち込まれました。イギリス製の洋傘は姿が黒い蝙蝠に似ていたことから蝙蝠傘と呼ばれるように。
しかし、この当時はいわゆる舶来品であり、洋傘はまだまだ高嶺の花の存在でした。この当時は一部の武家や医師、洋学者たちが使用するぐらいで、庶民にまでは普及しなかったようです。

■和傘の衰退、洋傘の普及
明治時代に入ると、洋傘の輸入本数はさらに増え、それに伴い庶民にも洋傘が普及し始めます。それと同時にどんどん和傘は廃れていきました。和傘は天然素材を使っているので洋傘に比べて重く、和紙でできている特性上、耐久性にはあまり優れていなかったのがその理由だとか。また、洋傘はファッションアイテムとしても人気だったよう。当時のポートレートには着物姿に洋傘をさして写っているものが多く見られます。

■そして、洋傘製造会社が登場
国産の洋傘が登場したのは1879~80年頃。骨など傘の材料も輸入されるようになり、洋傘の製造を試みる人々が現れ出しました。そして、1881年についに東京に洋傘製造会社が設立されます。国内でも洋傘用の絹や骨が作られるようになり、いよいよ洋傘国産化の第一歩が始まりました。

国産化により、どんどん普及し、現在にいたる洋傘の歴史。普段、何気なく使っている洋傘にも立派な歴史があると思うと、より傘を使うのが楽しくなりますね。

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